感動・感激・感謝-3kan.net-
あなたは最近<感動・感激・感謝>したことありますか?
心がほっとする癒し系の話はもちろん、
企業の<感動・感激・感謝><感動経営事例>もあわせてお届けします。

感動・感激・感謝-3kan.net-タイトル
Shiozyの<感動・感激・感謝>ネタお届けします。

2006年5月11日更新
最新エントリ配信

祝☆検索エンジンGoogle第一位表示達成!
SEO対策の参考にしてください。
感動・感激・感謝-3kan.net-Shiozyイラスト


<感動・感激・感謝>
 3kan.net の由来


このサイトのネーミング
<感動・感激・感謝>は感動プロデューサー・平野さんの理論から引用させてもらったものです。
彼は「感情の方程式」としてこう言っておられます。

怒り<不満<満足<感動<感激<感謝

ビジネスでよく言われる「顧客満足」
お客様の「満足」程度に安住していていいんですか?
と、警告しているんですね。

ということで、
「顧客満足の更にその先にある感動経営」
この事例をいろいろお届けしてまいります。


        ●

感動プロデューサー・平野さんより
うれしい応援メールをいただきました。



自分が書いた本が、お役に立っていることは、著者としてこの上ない幸せを感じる瞬間でもあります。

閉塞感漂う世の中に、ちょっとした工夫で、
感動を増幅させるビジネスがどんどん増えて欲しいですね。

3kan.net楽しみにしています。

感動プロデューサー
平野 秀典



平野さんの「100万人感動倶楽部」はこちら
平野さんの著書「感動力」はこちら

<感動・感激・感謝>
募 集
あなたの3感ネタお寄せください。
こちらまで
info@3kan.net

ご感想などもいただけるとうれしいですね。

感動・感激・感謝-3kan.net-過去の記事

●眼をください2
●眼をください1
●欲、夢、命
●59本のバラを贈る
●島の思い出
●幻のギター
●私のおじちゃん
●未だ見ぬ我が子へ
●解決する知恵3
●解決する知恵2
●解決する知恵1
●新聞掲載狂想曲
●私のリターンマッチ最終回
●私のリターンマッチ3
●私のリターンマッチ2
●私のリターンマッチ1
●新年早々の悲劇、そして
●予感的中
●家出決行
●男の友情と家族力
●出せなかった手紙
●一周年記念号
●娘の家出計画
●ありがとう。オヤジ
●ゆっくりでいいんだよ
●お荷物営業ウーマンのその後
●13時間の後悔
●配信50号記念
●忘れられない月
●親子の絆
●友輝(ゆうき)くん:反響号
●緊急号:友輝(ゆうき)くんを救え
●介護生活7:水曜@自主休業日
●ふたたびの恋
●恋の号砲は、素の自分
●お父さんといえた日
●娘を捨てるということ<読者投票1位>
●父帰る
●東京のおかあさん
●当たり前のこと
●介護生活6:ブラと口紅
●平凡な家庭
●お荷物営業ウーマン
●介護生活5:Yさん@作業療法士
●パジャマ姿の向こうに見えた小さな島
●男の友情
●女の友情
●介護生活4:奇 跡
●介護生活3:左手生活
●親不孝むすめ、母にFAXを送る
●おむつ犬チエ
 その1:しあわせの紙おむつ
 その2:3人暮らし
●感動2題:この人に会った!
 
その1:田中康夫・信州長野県知事
 その2:感動プロデューサー・平野さん
●読者投稿:母へのハガキ
●介護生活2:おかあさん
●不登校の子ども達と共に生きる2
●不登校の子ども達と共に生きる1
●心優しき傷つきやすい人
●介護生活1:主夫になるということ
●病床の父へ、毎日送るハガキ
●私の子でありがとう。天使・ひなた
  その1:プロローグ

 たくさんの感想メールはこちら
 その2:長男のひとこと
 その3:生きていく勇気
 その4:つらいけど、感動がある
 天使・飛向(ひなた) 特別臨時号
●エッセイその3「孫自慢」
●エッセイその2「国民的涙涙感動」
●「おかんの法則」出版記念号
●エッセイその1「大阪のおばちゃん」

●素晴らしきかなパートさん2
<プレゼンまでやってのけるパートさん>

●感動をくれた「読者感想」
●素晴らしきかなパートさん
●高卒Webコンサルタント
●スーパーで拍手がわきおこった
●サマンサ・コンシェルジェ
●自分史






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・心呼吸〜言葉で、心をあたためる技術
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・自営業の妻、子育てしながら...。

ありがとうございます

1月29日
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最近はこのへんが定位置になってしまいましたあ。。。↓↓

 

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ブログ「Shiozyの介護生活」はここね
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「3感掲示板」作りました。

どうぞ、お気軽に感想・質問・意見等、
書き込みください。

Shiozyの介護生活
感動的な話が掲示板に届きました。
自分ネタで気恥ずかしいのですが、
ご一読ください。
素敵な人生をありがとう!

3月も末だというのに まだまだ寒い日が続きますね。でも私の心の中に灯ったあったかい陽だまりは、もう1ヶ月を過ぎようというのに、思い出すたび、ほのぼのと優しい気持ちにさせてくれます。

と同時に、最近こんな素敵な出来事、私一人の胸にしまっておいちゃもったいないと思い始めました。

で 一念発起!!
つたない文章で、うまく表現できるかどうか心配ですが、綴ってみます。

shiozy様の奥様との出会いは、秀子様が退院され自宅に戻られた日、つまり私は夕方お伺いしているヘルパーです。

先月2月24日は、秀子様のお誕生日でした。いつものように夕食の支度のお手伝いをさせて頂いていると、1本の電話が・・

秀子様「花が来る」
私「お誕生日のお祝いですね。娘さんから?」
秀子様「そうそう(娘) 優しいから」
私「ご主人かも?」
秀子様「ちがう ちがう ぜったい娘!」

そんなやりとりのあと、暫くして豪華な薔薇の花束が届きました。

送り主は、予想に反してshiozy様(失礼!)
大喜びの秀子様。

添えられていたカードのメッセージには 
”素敵な人生をありがとう!お誕生日 おめでとう”と書かれてありました。

はっとしたと同時に、鳥肌が立つほどの衝撃が体中を走りました。

3年半、他に身寄りもなく一人で寝たきりの母を看取った私。
一度でも、そんな気持ちになれた日があっただろうか?
母に感謝の気持ちなんて、これっぽっちも持つどころか当時8歳・4歳・2歳の子育てと介護に疲れ切り自分の境遇を恨んでばかりの日々だった・・なのに・・

いつも穏やかな笑顔で秀子様を見守って来られたshiozy様。大変な思いをされた日もあっただろうに、なんで???

すべては ”素敵な人生をありがとう”
の言葉で理解できました。

気が付くと秀子様と手を取り合って泣いていました。

うかつにもカードを汚してしまって、ごめんなさい・・あの滲んだシミは、私の仕業です。

その後 照れながらshiozy様に電話をされた秀子様、ほんとに素敵で理想的なご夫婦。

こんな素敵なお二人に、多少なりとも係わり合える幸せをかみ締めている”和”です。

皆様に陽だまりのおすそ分けできたかな?

<和さん@我が家のヘルパーさん>



☆うれしい反応☆

社員さん全員に毎月「読書運動」を推進しているサマンサジャパンさんが、この3感ネットをきっかけに
「愛に生きる盲児とその母」を5月の推薦図書に選んでくれました。
ありがとうございます。











































読者感想☆ありがとうございました

ユキヨさんていいなー

私は、ユキヨさんのおかあさんの世代ですが、小学生の時の悲惨な状況を逞しく捉えている処やお父さんに対する親子の情など、ユキヨさんの大変さはわかるのですが、暖かい気持ちにされ、読んでいくにつれ、笑いももれました。

今後も感動暖かさを思い出させて頂くこのメルマガ楽しみに読ませて頂きます。

        <50歳主婦より>














↓↓こっちも押してくださるとうれしい。


Shiozyのシルクロード探検隊はこちら

1月29日(日)中国新聞朝刊に掲載されました。

時事通信社さんに全国配信していただきました。
ありがとうございました。

2月11日:産経新聞関東版
2月13日:沖縄・石垣島の八重山毎日新聞

2月15日:長野日報

広島テレビ「テレビ宣言」2月23日放映

中国新聞朝刊
「D<団塊>のページ」
(くらし面)に

「Shiozyの介護生活」掲載していただきました。

たくさんの反響をいただき、
感謝感激しております。



←クリックすると拡大

産経新聞関東版
掲載紙入荷しました



←クリックすると拡大
(それにしても、秋篠宮さまの横とは恐れ多い)




 2週間にわたってお送りした『眼をください』。


 福来先生の講演録

 『愛に生きる盲児とその母』からの紹介でしたが、


 買って読みました。といううれしい反響に続いて、


 社員さん全員に毎月「読書運動」を推進している

 サマンサジャパンさんが、

 この3感ネットをきっかけに

 『愛に生きる盲児とその母』を

 5月の推薦図書に選んでくれました。

 ありがとうございました。<感謝・感激>


 地方の小さな出版社が、地道にいい本を出し続ける。

 できるだけの応援したいものです。

 下のほうで再度ご案内しておきます。


 さて、今週はユキヨ@弊社社員の再登場。

 前回の「リターンマッチ」とは趣を変えて

 ユキヨ家の「家族愛」かな??


 どうぞ読んでやってください。


---------------------------------


  『60歳のハローワーク』


 今日は、うちのお父さんの記念すべき初出勤日です。

 なんと私の父は齢60歳にして就職してしまいました。



 「わし、月曜からサラリーマンになるけえ。」


 先週のある夜、夕食の後で笑いながら父が言ったひと言は

 さっぱり意味が分かりませんでした。


 最近めっきりひがみっぽくなっていた父が

 何かの皮肉で言ってみたのだろう。

 そう思っていました。

 しかし、一昨日母の口から聞いたのは

 ネタかと思うような事実でした。


 「あ、言っとくけどお父さん、就職したけんね。

 月曜日から新入社員よ。

 一人社長は廃業、廃業。アハハハハ」



 父は、私が小学校低学年の頃から自営業を始めました。

 自営業と言っても、社員数ゼロ人の有限会社。

 壁や天井を貼る軽天工事のお仕事です。

 
 自慢じゃないですが

 そのせいで、うちはその頃なかなかの貧乏一家でした。

 お仕事もすぐには軌道にのるはずもなく、

 幼かった私には詳しいことはわかりませんでしたが、

 覚えていることは


 ・毎週、父が母を突き飛ばしていた。

 ・「こんなボロ家は恥ずかしくて人なんか呼べない」と

   言ってはときどき私は泣いた。

 ・「お母さんは何で離婚せんのん?」としつこく詰問しまくった。

 ・クラスの女の子と遊びに行くといつもお菓子を

  「おごってあげる」と言われていた。

 ・昼間、父が不在で連絡をとらないといけない時は、

  母が、町内すべてのパチンコ屋に順番に電話していき、

  父はそのうちのどこかにいた。


 そんなようなことです。


 ずっと忘れられなかったのは、

 私が小学校中学年で、妹が幼稚園に通っていた頃の

 ある夜のことです。

 父がいつものように丸めた新聞紙を使って

 母をゴキブリのように叩きつけて追いかけまわし、

 風呂場まで追いつめ、

 母が自転車に乗ってどこへともなく飛び出していった日の夜。


 私はそんなことには慣れていて、

 どうということもなかったけれど

 幼い妹にはこたえたらしく、彼女はわんわん泣きじゃくり

 「お母さんがおらん。どこなん?どこなん?」

 としつこく聞いてきました。

 仕方ないので妹の手を引いて夜中の町内をぐるぐる歩き回り

 ひとしきり妹を疲れさせてから家に帰りました。


 妹を寝かしつけ、台所に入ると

 父が暴れたせいで鍋が床に落ち、

 床は天ぷら油の海と化していました。

 気持ちよさそうに寝ている父の姿を確認し、

 暗い台所で何度も油をふき取りながら

 「主婦なんかになったら終わりじゃ。

 殴られて暮らすだけじゃ。」


 とにかく私は、

 「誰かに食べさせてもらわんでいい人間になろう。」

 ただそれだけを固く思い決めました。

 その夜のことはずっと忘れることはありませんでした。



 父の暴力活動は減ったとはいえ、

 私が中学生になってからも不定期で行われていました。

 その頃には妹も慣れたもんで、

 いったん活動が始まると、私と二人で二階の部屋に行き

 息をひそめてじっとしているのでした。

 幼い頃から母に

 「こんなこと、どこの家庭でもあるわいねー。」

 と言われて育ったけれど、中学生になった私は

 こんな活動、どこの家庭でもあんまり行われていない。

 ということに気づいてしまっていました。



 その頃の私は、毎日本気で

 「お父さん、死んでしまわんかなー。」

 と思っていました。


 でも時々、溶接でやけどした手もとを見たりすると

 どうしていいかわからなくなるのでした。



 高校も大学も私立の学校に行かせてもらいました。

 明らかに分不相応なところでした。

 ゼネコン景気の影響で一時的にもうかっていたとはいえ

 過ぎる贅沢でした。

 だから一所懸命

 「お父さんは私たちに愛情がないから

 後ろめたさを高い学費でなんとか埋め合わせようとしている。」

 と思いこもうとしました。



 大学生の頃からずっと大阪でひとり暮らしを続けていた私が

 去年広島の実家で暮らし始めた頃、

 すでに父の仕事は立ち行かなくなっていました。

 私もなかなか仕事が決まらず家にいることが多く、

 そんな時

 父は用事もないのに

 お金もないのに

 どこかに出かけていました。

 私はてっきり仕事に出かけているものだと思っていました。

 母から

 「え?仕事なんかあるわけないがー。

 お父さん?毎日どこ行っとるんか知らんよー。」

 と言われた時は愕然としました。


 どうにか小さな仕事が入ってき始めた時、

 父は脳溢血で倒れて入院してしまいました。

 退院してからしばらくはタバコをやめていましたが、

 私たちに隠れて吸い始め、

 その本数はどんどん増えていっているようでした。


 昔のように暴力はありませんが、

 毎日のように母を怒鳴り、

 近所の人の噂話を母から聞いては人の批判ばかり繰り返し、

 挙げ句の果てに私にまで

 「わしなんかどうなってもええんよ。」

 と言い捨てるようになりました。



 今の会社の人たちのおかげで

 ようやくまともな気持ちをもてるようになり

 どうにかついて行こうとする私にとって、

 何もせずに不平しか言わない父は

 みじめで情けない存在でした。


 今の会社に入って初めて、

 本気で仕事に取り組んでいる男の人たちを間近に見て、

 shiozy会長がおつきあいのある

 父と同年代の男の人たちにお会いする度に、

 何とうちのお父さんは程度が悪いんだろう、

 と思うのでした。


 でも、そのお父さんが、

 前から付き合いのある会社に

 自分から頭を下げて

 10以上も歳の若い社長さんに、

 入社のお願いに行ったのです。



 私は腹がちぎれるくらい笑いました。

 人に頭を下げたくない、と言って脱サラして

 一人社長を続けたお父さんが。

 気にくわないことがあると癇癪を起こし

 仕事をなくしていったお父さんが。


 入社前日の晩からそわそわして、

 次の日はいていく作業ズボンをはいて寝ようとする父を

 母と一緒に

 「新入社員、新入社員!」と思いきりからかいました。


 60歳と言えば、世の中のおじさま方が定年退職する歳。

 世の中の流れに逆行するお父さんを今では




   
悪くないな。



   と思うのでした。


           <ユキヨ>




  こういういい本を出しておられる出版社

  それは 「ざ・ぼんぢわーく」 さん。

  北九州の小さな出版社さんです。


  福来四郎先生の『愛に生きる盲児とその母』だけでなく

 「心の文庫」として24集の講演録を発行しています。

  興味のある方はぜひ購入してみてください。


  ●連絡先 電話・FAX093−681−5083

   ざ・ぼんぢわーく

   〒805−0004
   北九州市八幡東区日の出3−13−20


  ■先週号では、「さっそく購入しました」というメールをいただきました。
   また、ネット上ではここで購入できますよ、と教えてくださいました。
   ありがとうございました。

  「ぷれし〜ど」で購入できます。
   http://www.pleaseed.com/SC_Item.cfm?ItemCode=M-Hukurai1


 ●読者感想お待ちしております。