感動・感激・感謝-3kan.net-
あなたは最近<感動・感激・感謝>したことありますか?
心がほっとする癒し系の話はもちろん、
企業の<感動・感激・感謝><感動経営事例>もあわせてお届けします。

感動・感激・感謝-3kan.net-タイトル
Shiozyの<感動・感激・感謝>ネタお届けします。

2006年5月4日更新
最新エントリ配信

祝☆検索エンジンGoogle第一位表示達成!
SEO対策の参考にしてください。
感動・感激・感謝-3kan.net-Shiozyイラスト


<感動・感激・感謝>
 3kan.net の由来


このサイトのネーミング
<感動・感激・感謝>は感動プロデューサー・平野さんの理論から引用させてもらったものです。
彼は「感情の方程式」としてこう言っておられます。

怒り<不満<満足<感動<感激<感謝

ビジネスでよく言われる「顧客満足」
お客様の「満足」程度に安住していていいんですか?
と、警告しているんですね。

ということで、
「顧客満足の更にその先にある感動経営」
この事例をいろいろお届けしてまいります。


        ●

感動プロデューサー・平野さんより
うれしい応援メールをいただきました。



自分が書いた本が、お役に立っていることは、著者としてこの上ない幸せを感じる瞬間でもあります。

閉塞感漂う世の中に、ちょっとした工夫で、
感動を増幅させるビジネスがどんどん増えて欲しいですね。

3kan.net楽しみにしています。

感動プロデューサー
平野 秀典



平野さんの「100万人感動倶楽部」はこちら
平野さんの著書「感動力」はこちら

<感動・感激・感謝>
募 集
あなたの3感ネタお寄せください。
こちらまで
info@3kan.net

ご感想などもいただけるとうれしいですね。

感動・感激・感謝-3kan.net-過去の記事

●眼をください1
●欲、夢、命
●59本のバラを贈る
●島の思い出
●幻のギター
●私のおじちゃん
●未だ見ぬ我が子へ
●解決する知恵3
●解決する知恵2
●解決する知恵1
●新聞掲載狂想曲
●私のリターンマッチ最終回
●私のリターンマッチ3
●私のリターンマッチ2
●私のリターンマッチ1
●新年早々の悲劇、そして
●予感的中
●家出決行
●男の友情と家族力
●出せなかった手紙
●一周年記念号
●娘の家出計画
●ありがとう。オヤジ
●ゆっくりでいいんだよ
●お荷物営業ウーマンのその後
●13時間の後悔
●配信50号記念
●忘れられない月
●親子の絆
●友輝(ゆうき)くん:反響号
●緊急号:友輝(ゆうき)くんを救え
●介護生活7:水曜@自主休業日
●ふたたびの恋
●恋の号砲は、素の自分
●お父さんといえた日
●娘を捨てるということ<読者投票1位>
●父帰る
●東京のおかあさん
●当たり前のこと
●介護生活6:ブラと口紅
●平凡な家庭
●お荷物営業ウーマン
●介護生活5:Yさん@作業療法士
●パジャマ姿の向こうに見えた小さな島
●男の友情
●女の友情
●介護生活4:奇 跡
●介護生活3:左手生活
●親不孝むすめ、母にFAXを送る
●おむつ犬チエ
 その1:しあわせの紙おむつ
 その2:3人暮らし
●感動2題:この人に会った!
 
その1:田中康夫・信州長野県知事
 その2:感動プロデューサー・平野さん
●読者投稿:母へのハガキ
●介護生活2:おかあさん
●不登校の子ども達と共に生きる2
●不登校の子ども達と共に生きる1
●心優しき傷つきやすい人
●介護生活1:主夫になるということ
●病床の父へ、毎日送るハガキ
●私の子でありがとう。天使・ひなた
  その1:プロローグ

 たくさんの感想メールはこちら
 その2:長男のひとこと
 その3:生きていく勇気
 その4:つらいけど、感動がある
 天使・飛向(ひなた) 特別臨時号
●エッセイその3「孫自慢」
●エッセイその2「国民的涙涙感動」
●「おかんの法則」出版記念号
●エッセイその1「大阪のおばちゃん」

●素晴らしきかなパートさん2
<プレゼンまでやってのけるパートさん>

●感動をくれた「読者感想」
●素晴らしきかなパートさん
●高卒Webコンサルタント
●スーパーで拍手がわきおこった
●サマンサ・コンシェルジェ
●自分史






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・心呼吸〜言葉で、心をあたためる技術
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・自営業の妻、子育てしながら...。

ありがとうございます

1月29日
3803
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最近はこのへんが定位置になってしまいましたあ。。。↓↓

 

●「オヤジの、オヤジによる、オヤジのための、趣味系ブログコミュニティー」
 Relog:http://relog.jp/


ブログ「Shiozyの介護生活」はここね
 http://relog.jp/kaigo/

 ↑↑カチッとネ↑↑


「3感掲示板」作りました。

どうぞ、お気軽に感想・質問・意見等、
書き込みください。

Shiozyの介護生活
感動的な話が掲示板に届きました。
自分ネタで気恥ずかしいのですが、
ご一読ください。
素敵な人生をありがとう!

3月も末だというのに まだまだ寒い日が続きますね。でも私の心の中に灯ったあったかい陽だまりは、もう1ヶ月を過ぎようというのに、思い出すたび、ほのぼのと優しい気持ちにさせてくれます。

と同時に、最近こんな素敵な出来事、私一人の胸にしまっておいちゃもったいないと思い始めました。

で 一念発起!!
つたない文章で、うまく表現できるかどうか心配ですが、綴ってみます。

shiozy様の奥様との出会いは、秀子様が退院され自宅に戻られた日、つまり私は夕方お伺いしているヘルパーです。

先月2月24日は、秀子様のお誕生日でした。いつものように夕食の支度のお手伝いをさせて頂いていると、1本の電話が・・

秀子様「花が来る」
私「お誕生日のお祝いですね。娘さんから?」
秀子様「そうそう(娘) 優しいから」
私「ご主人かも?」
秀子様「ちがう ちがう ぜったい娘!」

そんなやりとりのあと、暫くして豪華な薔薇の花束が届きました。

送り主は、予想に反してshiozy様(失礼!)
大喜びの秀子様。

添えられていたカードのメッセージには 
”素敵な人生をありがとう!お誕生日 おめでとう”と書かれてありました。

はっとしたと同時に、鳥肌が立つほどの衝撃が体中を走りました。

3年半、他に身寄りもなく一人で寝たきりの母を看取った私。
一度でも、そんな気持ちになれた日があっただろうか?
母に感謝の気持ちなんて、これっぽっちも持つどころか当時8歳・4歳・2歳の子育てと介護に疲れ切り自分の境遇を恨んでばかりの日々だった・・なのに・・

いつも穏やかな笑顔で秀子様を見守って来られたshiozy様。大変な思いをされた日もあっただろうに、なんで???

すべては ”素敵な人生をありがとう”
の言葉で理解できました。

気が付くと秀子様と手を取り合って泣いていました。

うかつにもカードを汚してしまって、ごめんなさい・・あの滲んだシミは、私の仕業です。

その後 照れながらshiozy様に電話をされた秀子様、ほんとに素敵で理想的なご夫婦。

こんな素敵なお二人に、多少なりとも係わり合える幸せをかみ締めている”和”です。

皆様に陽だまりのおすそ分けできたかな?

<和さん@我が家のヘルパーさん>



☆うれしい反応☆

社員さん全員に毎月「読書運動」を推進しているサマンサジャパンさんが、この3感ネットをきっかけに
「愛に生きる盲児とその母」を5月の推薦図書に選んでくれました。
ありがとうございます。




















↓↓こっちも押してくださるとうれしい。


Shiozyのシルクロード探検隊はこちら

1月29日(日)中国新聞朝刊に掲載されました。

時事通信社さんに全国配信していただきました。
ありがとうございました。

2月11日:産経新聞関東版
2月13日:沖縄・石垣島の八重山毎日新聞

2月15日:長野日報

広島テレビ「テレビ宣言」2月23日放映

中国新聞朝刊
「D<団塊>のページ」
(くらし面)に

「Shiozyの介護生活」掲載していただきました。

たくさんの反響をいただき、
感謝感激しております。



←クリックすると拡大

産経新聞関東版
掲載紙入荷しました



←クリックすると拡大
(それにしても、秋篠宮さまの横とは恐れ多い)




 『愛に生きる盲児とその母』のなかで

 福来四郎(ふくらいしろう)先生はこう仰っています。


 「目の見えない子供の前に立っておりますと、

  自分は見えているけれども、

  この子は見えないんだという大きなちがいに心はさいなまれ、

  なぜこの子が見えないんだろうか、

  どうしてこの子が見えないという運命を背負ったんだろうかと

  私は自分をかえりみて、心の中で泣いてきたのであります。」


  今回は、全盲児の教育一筋に生きた福来先生の講演録から

  ここに収録された先生の講演内容を紹介します。


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  『眼をください』  その2



  「おっかあ、ええところへ行けよ」


  私が経験した中で一番感銘した話があります。

  この話だけは是非聞いて欲しいので話をさせて下さい。

  この話は、中学三年生の男の子ですが、

  まことに不幸な話です。


  この子にはお母さん一人だけで、お父さんは亡くなり、
 
  兄弟、親戚もおられないのです。そして非常に頭が弱く、

  どもりで、ほとんどものが言えないのです。

  ですから私どもが「何々君これはどう思いますか。」

  と訊いても、 「あわあ・・・」 という言葉だけで

  いつも下を向いているのです。

  先生に何か訊かれるのが怖いので、

  下を向いて、椅子にはりつけになっているような、

  日常生活でございました。

  そして吃音がひどいので、友達がいないのです。


  そんな子供のお話ですが、

  ちょうど七月ごろでございました。

  もうしばらくすれば学校もお休みという時、

  私が授業をしていると、

  教室の戸を「どんどん」と叩くのです。

  どなたと思ったときに、私の前につっ立っていたのは

  少年の隣の人でした。

 「先生えらいことです。先生聞いて下さい。

  あのGさんのお母さんが死んでしまったのです。」

 「先生、あの子の親戚は全然いないのです。

  親戚の人が葬式をしなければならないのに、

  何もできないのです。

  そして近所の人とのつきあいがないのです。

  先生が葬式一切を見てくれませんか。

  火葬場までつれて行って、

  最後の別れをしてやって下さいな。」

  というのです。



 「一体どんなことをするんやろな、困ったなあ。」

 「そんなことをしたおぼえがないがなあ。」

  私はそう言いました。

 「先生ね、あなたがこの子を教えていなさるんやから、

  あなたしかいない。一つお願いします。」

 「そうかなあ、この子に一番身近いのは私しかいないのかなあ。

  おばあちゃん明日二時頃行ったらいいのやね。」

  
  こうして私は葬儀一切をすることになりました。

  あくる日二時前に私は彼の家を訊ねてまいりました。
 
  暫くすると金色の自動車、つまり葬儀の霊柩車がきました。

  霊柩車一台だけなのです。親族もいないのです。

  霊柩車の運転手はおりてきました。


  しばらくすると家からお母さんの柩を、

  四人の近所の人がかかえてまいりました。

  霊柩車の後の戸が開かれ、

  お母さんの遺体が入ったのでございます。

  その自動車の運転手が私に向かって言うのです。

  「お乗り下さい。」

  私は実はその自動車の運転手の横に

  座らせてくれると思っていたら、今遺体の入った

  自動車の中に入りなさいというのです。

  遺体のそばに私が入るのです。


  その遺体はお母さんであることは知っていますけれども、

  今まであの部屋の中に、何千ではないが、

  何百体も遺体が入ったということを想像すると、

  不気味でふるえがくるようになりました。


  どうぞここに乗って下さいというのですから、

  いやというわけにもいかないのです。

  私は彼をしっかり抱いて

  自動車の中へ入りこんだのであります。

  
  自動車は発車しました。

  見送る人は数人の近所の人でした。

  神戸というところは坂道が多い。

  その坂道をどんどんのぼって行きました。

  山中に火葬場がございます。

  約一時間ばかりまっくらな中で、

  持つところがないものだから、その棺桶のはしに

  爪をたててにぎっていたのでございます。


  彼はにぎるところがないものだからぐらぐらゆれる。

  私は今にも手がはなれそうになるけれども、

  今手を放したら、彼は転ぶにちがいない。

  彼を抱きかかえ、棺桶のはしをつかまえ、

  ゆられるにまかせて、早くつくことを

  祈っておったのでございます。


  やがて火葬場は間近になり、霊柩車は止まりました。

  後の扉が開かれ、その柩が運ばれ、

  最後の別れをしたのでございます。

  お母さんの口に水をたらして、

  これで一切は終わりました。

 「これから遺体を納めさせていただきます。」

  という係の人の言葉。


  この子は一体どうすればよいのであろうか。

  この子を明日からどうするんだろうか。

  お母さんのことよりも、この子を明日から

  一体だれがどうするかという思いで一ぱいでした。

  そのとき炉の中に、お母さんはおしこまれ、

  扉がしめられたのです。


  場内にこだまして、私の耳を打つものがありました。


 「おっかあ、おっかあ、ええところへ行きよ。

  おっかあ、ええところへ行けよ。」



  その言葉はだんだん大きくなった。

  戸をどんどん叩く音もだんだん大きくなった。

 「ええとこへ行けよ、ええとこへ。」

  ふと前を見たとき、そこにしっかり抱いていた子が、

  炉の口のところに立っているのです。

  戸をさかんに叩いて、「おっかあ、ええ所に行けよ。」

  と叫んでいるのです。



  「おっかあ、おっかあ、」という言葉はわかりましても、

  ええ所へ行けよ。ええところという意味は

  私にはわかりませんでした。


 「お母ちゃん、浄土に行って下さいよ。

  ほんとうに楽しい極楽に行きなさいよ。」


  という意味でした。


  何もしゃべらない下ばっかりを向いて、

  友達からのけものにされていたあの子が、

  どうしてこの言葉が言えたのでしょう。

  私は自分の耳をうたがうものでした。


 「お母さん、自分もお母さんに話ができるのですよ。

  私のこの声を聞いて下さいよ。お母さん幸せに。」という

  母に対する愛の思い、慕う思いが

  言葉になったのではないかと、


  私ははじめて

  愛の偉大さを思い知らされたのでございます。


  やがて誰も彼の身の回りを見ることもできず、

  彼は寄宿舎のある学校へかわっていきました。

  しかし、今なお彼はどうなったか分かっていません。

  私の心に深い傷をのこしているのでございます。





  こういういい本を出しておられる出版社

  それは 「ざ・ぼんぢわーく」 さん。

  北九州の小さな出版社さんです。


  福来四郎先生の『愛に生きる盲児とその母』だけでなく

 「心の文庫」として24集の講演録を発行しています。

  興味のある方はぜひ購入してみてください。


  ●連絡先 電話・FAX093−681−5083

   ざ・ぼんぢわーく

   〒805−0004
   北九州市八幡東区日の出3−13−20


  ■先週号では、「さっそく購入しました」というメールをいただきました。
   また、ネット上ではここで購入できますよ、と教えてくださいました。
   ありがとうございました。

  「ぷれし〜ど」で購入できます。
   http://www.pleaseed.com/SC_Item.cfm?ItemCode=M-Hukurai1


 ●読者感想お待ちしております。